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東京地方裁判所 平成6年(特わ)146号 判決

本籍

東京都渋谷区大山町三九番

住所

同世田谷区松原一丁目一一番二六号 コスモリヴェール松原三〇二号室

会社役員

松本孝司

昭和二五年一月三〇日生

主文

被告人を懲役二年及び罰金一億二〇〇〇万円に処する。

未決勾留日数中九〇日を右懲役刑に算入する。

右罰金を完納することができないときは金五〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、東京都渋谷区大山町三九番一六号に居住していたものであるが、自己の所得税を免れようと企て、有価証券売買を他人名義で行うなどの方法により所得を秘匿した上、昭和六三年分の実際総所得金額が九億七七〇一万九六一〇円(別紙所得金額総括表及び修正損益計算書参照)であったにもかかわらず、平成元年三月一七日、同都目黒区東山三丁目二四番地一三号の所轄の渋谷税務署において、同税務署長に対し、昭和六三年分の総所得金額が一一八万五二七二円でこれに対する所得税額は源泉所得税額を控除すると四七五万〇七九四円の還付を受けることとなる旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により、右年分の正規の所得税額五億七一一四万七〇〇〇円と右還付税額との合計五億七五八九万七七〇〇円(別紙ほ脱税額計算書参照)を免れたものである。

(証拠)

(注)括弧内の番号は、証拠等関係カード記載の検察官請求番号を示す。

一  被告人の公判供述

一  第一回公判調書中の被告人の供述部分

一  被告人の検察官調書一〇通

一  第二回公判調書中の証人飯柴正美の供述部分

一  第三回公判調書中の証人羽倉秀秋の供述部分

一  第四回公判調書中の証人石嵜信憲の供述部分

一  第五回公判調書中の証人藤沢昭和の供述部分

一  第六回公判調書中の証人木下晴夫の供述部分

一  羽倉秀秋、飯柴正美(二通)、諸星登、江連ひろ子、中川宏利、松本芳枝、大藤照明、松野健二、長嶋正男(二通)、齋藤明、金原明廣、藤沢昭和及び吉田恭治の各検察官調書

一  大蔵事務官作成の短期譲渡分入金額調査書、短期譲渡分取得費調査書、短期譲渡分譲渡費用調査書、短期譲渡分有価証券取引税調査書、長期譲渡分収入金額調査書、長期譲渡分取得費調査書、長期譲渡分取得附随費用調査書、長期譲渡分譲渡費用調査書、長期譲渡分有価証券取引税調査書、長期譲渡分二分の一相当額調査書、貸付金調査書写、借入金調査書写及び検査てん末書写

一  検察事務官作成の報告書(甲26)

一  登記官作成の閉鎖目的欄用紙謄本(弁書3)、閉鎖登記簿謄本(弁書4)、閉鎖役員欄用紙謄本(弁書7)及び登記簿謄本(弁書8)

一  弁護人川平悟作成の報告書(弁書12、45、46)

一  田邨正義作成の会社概況報告書写及び整理終結の申立書写

一  内田晴康等作成の訴状写、訴の取下書及び右取下に対する同意書写

一  株式会社トス作成の法人税確定申告書写(弁書22、23)及び同控写(弁書21、32、33)

一  所得税確定申告書一袋(平成六年押第四四〇号の1)、収支内訳書1袋(同号の2)、決裁司令書等一綴(同号の3)、総勘定元帳一冊(同号の4)、振替伝票写(甲37、40、41)及び小切手写(甲43)

(争点に対する判断)

一  本件においてほ脱所得とされているのは、被告人がその所有する株式会社新宿西口メガネ(以下「新宿西口メガネ」という)の株式のうちの六万九六〇〇株(以下「本件株式」という)を株式会社カメラのさくらや(以下「さくらや」という)に譲渡したことによる株式譲渡益であるが、被告人及び弁護人は、(1)本件株式は、被告人の所有ではなく、被告人の経営する株式会社トス(以下「トス」という)の所有であるから、本件譲渡により生じた株式譲渡益はトスに帰属することになり被告人には帰属しない、(2)さくらやとの本件株式譲渡契約は解約される状況にあったため、被告人には、本件株式譲渡益が昭和六三年度の所得になるとの認識がなく、脱税の犯意はなかったのであり、被告人は無罪であると主張する。そこで、以下各主張について検討する。

二  本件株式譲渡益の帰属について

1  関係各証拠によれば、本件株式譲渡及びこれに至る経緯に関して、以下の事実が認められる。

(一) 新宿区西口メガネは、資本金一〇〇〇万円の株式会社であり、東京都新宿区西新宿一丁目一一番六号に本店(店舗)を置き、メガネの小売販売業を営んでいたが、経営不振のため、昭和五六年七月二四日から東京地方裁判所により商法上の整理手続が行われていた(昭和六三年四月整理終結)。

(二) 被告人は、昭和五七年七月ころ、新宿西口メガネの代表取締役であった河村洋治から当時の同社の全株式である二万株を譲り受けて、同社の実質的オーナーとなり、昭和六〇年四月同社の取締役に、昭和六一年五月同社の代表取締役に就任した。

(三) 新宿西口メガネは、昭和六一年七月、資本金を四〇〇〇万円に増資する四倍増資を行ったが、これに先立ち、店長で当時の代表取締役の長嶋正男(以下「長嶋」という)に四八〇〇株、マネージャーの金原明廣、齋藤明及び相馬富太吉に各八〇〇株を保有させた上、この当時の株主に新株を割り当てるという方法をとった。この時初めて同社の株券が発行されたが、株式の名義とその株式数は、

長嶋正男 一万四四〇〇株

被告人 一万二〇〇〇株

村井勝喜 一万二〇〇〇株

諸星登 一万二〇〇〇株

江連ひろ子 一万一二〇〇株

吉田恭治 四八〇〇株

松野健二 四〇〇〇株

金原明廣 三二〇〇株

齋藤明 三二〇〇株

相馬富太吉 三二〇〇株

であった。

(四) 同年一二月ころ、長嶋外三名の従業員は、その保有する新宿西口メガネの株式の半分ずつを譲渡し(その相手方が被告人であるか、トスであるかは争われている)、さらに相馬は、昭和六三年一月ころ退社する際、保有していた残り一六〇〇株を譲渡した。同年六月同社の株券の名義書換えが行われた結果、株式の名義と株式数は、

刃川芳枝 四万六四〇〇株

被告人 一万二〇〇〇株

松本真砂代 一万一二〇〇株

長嶋正男 七二〇〇株

金原明廣 一六〇〇株

齋藤明 一六〇〇株

となった。

(五) 被告人は、昭和五九年二月、新宿西口メガネの本店所在地と同じ場所に、土木・建築工事の設計施工及び監理等を目的とするトスを設立し、昭和六〇年六月、同社の代表取締役に就任し、昭和六一年一〇月、眼鏡及び眼鏡部品、機材並びに検眼機器の製造販売を新たに同社の目的に加え、同社に新宿西口メガネのためのメガネ等の仕入れを行わせるようになった。

(六) 被告人は、新宿西口メガネの営業譲渡の話を同店の隣でカメラ等の小売販売を営む株式会社ヨドバシカメラ(以下「ヨドバシカメラ」という)に持ちかけ、昭和六二年六月二九日、同社との間で営業譲渡の仮契約書を取り交わしたが、その後、右交渉は中断したままとなった。

(七) 被告人は、トスの資金繰りに窮したことから、三菱銀行情報開発部の仲介により、新宿駅東口でカメラ等の小売りを営むさくらやに新宿西口メガネの株式を譲渡することとし、さくらやの代表取締役羽倉秀秋と交渉を行った結果、昭和六三年一一月二二日、新宿西口メガネの発行済み株式の全株である八万株を同年一二月二一日までに代金二〇億円(一株二万五〇〇〇円×八万株)で譲渡し、被告人以外の名義となっている株式については被告人が責任を持って譲渡の同意を取り付ける旨の基本合意に達した(契約書上の譲渡名義人は被告人となっているが、本件では実質的な譲渡人が誰であるかが争われている)。さくらやは、同日、右合意に基づき、手付金として、額面二億五〇〇〇万円の三菱銀行新宿支店振出しの自己宛小切手を交付するとともに、二億五〇〇〇万円を三和銀行新宿新都心支店の被告人名義の普通預金口座に振り込んだ。さらに、さくらやは、同月二八日、被告人から担保として被告人外五名の名義の株式合計五万九六〇〇株の交付を受ける一方、同月二九日、協和銀行(現あさひ銀行)赤坂支店の被告人名義の普通預金口座に追加手付金として五億円を振り込んだ。

(八) 被告人とさくらやは、同年一二月二一日ころ、長嶋外二名の従業員からその所有する株式合計一万〇四〇〇株の譲渡について同意を得られないまま、正式契約を締結することとし(契約書上の譲渡人名義は被告人)、右一万〇四〇〇株について被告人が引き続きさくらやに譲渡できるよう責任を負うこととし、さくらやは、新宿西口メガネの発行済み株式八万株のうち被告人外五名の名義の株式合計六万九六〇〇株の交付を受けた。売却の際の本件株式の名義と株式数は、以下のとおりである。

被告人 一万一八〇〇株

中川宏利 一万一八〇〇株

江連ひろ子 一万一八〇〇株

刃川芳枝 一万一八〇〇株

大藤照明 一万一八〇〇株

諸星登 一万〇六〇〇株

さくらやは、残代金一〇億円のうち、未受領株式一万〇四〇〇株分の代金を除いた七億四〇〇〇万円を、同月二一日協和銀行赤坂支店の被告人名義の普通預金口座に振り込んだ。

(九) 長嶋外二名の従業員は、その後もその所有する新宿西口メガネの株式をさくらやに譲渡することに難色を示し、さくらやが既に取得した株式の譲渡についての取締役会による承認も得られなかった。このため、被告人は、さくらやから本件株式を取り戻すため本件株式譲渡契約の合意解除を申し入れる一方、ヨドバシカメラに対しさくらやへのペナルティーを上乗せした代金で本件株式を買い取るよう交渉したが、さくらや側が合意解除に応じなかったため、右交渉は進展しなかった。さくらやは、平成元年八月、新宿西口メガネ等に対し株主名簿書換等請求訴訟を提起したが、同年一二月二七日、長嶋外二名がさくらやにその所有する新宿西口メガネの株式一万〇四〇〇株を譲渡したことなどから、平成二年七月二五日さくらやが被告人らに対する訴えを取り下げた上、同日新宿西口メガネ及びさくらやが被告人外三名に対して申し立てていた地位確認等の仮処分事件について、さくらや等が被告人に対して和解金八三〇〇万円を支払うことなどを内容とする和解が成立した。

2  右事実を前提に本件株式の譲渡益の帰属主体を考える。

(一) まず、本件株式譲渡契約の主体についてみると、基本合意書(昭和六三年一一月二二日付け)、株式譲渡契約書(同年一二月二一日付け)及び合意書(同日付け)のいずれの契約書においても、譲受人欄にさくらや代表取締役羽倉秀秋の記名押印があるのに対し、譲渡人欄には被告人の署名押印があるので、被告人が契約書上さくらやとの右契約の当事者であることは明らかである。そのうえ、関係各証拠によれば、本件株式の譲受人であるさくらや関係者及び同社のアドバイザーとして仲介に入った三菱銀行担当者らは、被告人が右契約の当事者であると認識しており、トスが実質的には契約当事者であるが、事情があって被告人が契約書上当事者となっているというような事実は、一切認識していなかったと認められるから、トスが私法上本件株式譲渡契約の当事者であったとみる余地はなく、被告人が右契約の当事者であることは明白である。

なお、弁護人は、前記1(七)の五億円及び1(八)の七億四〇〇〇万円は、さくらやがトスの決済資金に充てるために被告人に融資したものであるとも主張するが、この点は、さくらや代表取締役の証人羽倉秀秋が明白に否定するところであり、トスと何の縁もないさくらやが倒産寸前のトスに融資するための資金であることを知りつつ被告人に合計一二億四〇〇〇万円もの融資をするなどということは考えられず、さくらやがこの資金を被告人に交付する理由が本件株式の譲渡契約以外にありえないことからしても、これらが売買代金の一部であることは明らかである。

本件株式譲渡に関する右契約書類の名義がトスではなく被告人名義となっている点について、被告人は、公判廷において、「トスを作ったのは自分であり、トスのことは自分の判断で処理できると考えた」、「トスの代理でサインした」、「三菱銀行の担当者から株の売り主は法人でない方がいいと助言された」などと弁解しているが、トスをはじめとするいくつかの会社の実質的経営者などとして永年事業活動に従事し、銀行取引なども経験している被告人が、被告人個人名義による契約を締結することの法的な意味を理解していなかったというのは、あまりにも不自然不合理な弁解であって、到底信用できない。

(二) 次に、本件株式(六万九六〇〇株)の所有者について検討する。このうちの被告人名義の一万一八〇〇株は、右契約書類において、「被告人の保有する」(基本合意書第一条第一項)あるいは「被告人が所有する」(株式譲渡契約書第一条)株式と表現されているところ、関係各証拠によれば、その余の五万一六〇〇株は、いずれも借名名義であり、名義人とされた中川宏利らは、いずれも被告人から名義貸を依頼された際、当該株式がトス等被告人以外の者の所有であると聞いた形跡がなく、さくらや関係者や三菱銀行担当者らは、被告人から被告人名義の株式を含め本件株式は全て被告人の所有に属すると聞いていたことが認められる。加えて、被告人自身、譲渡当時本件株式が自己の所有に属すると認識していた(この点は、被告人が捜査段階において認めているところであるが、本件では被告人の供述調書の信用性も争われているので、後に判断を示す)のであり、本件株式の売却代金が全額被告人名義の三つの普通預金口座に入金されていることをも併せ考えると、本件株式の所有者は、実質的に被告人であったと認められる。したがって、本件株式の譲渡益は、被告人に帰属すると認定するのが相当である。

3  被告人及び弁護人は、本件株式がトスの所有であった根拠として種々の主張をするので、この主張が前記認定を左右するものかどうか、以下検討する。

(一) 弁護人は、本件株式のうち被告人が新宿西口メガネの前代表者河村洋治から取得した二万株は、被告人が、被告人自ら設立した株式会社泰共を経て、昭和五九年ころトスに譲渡したものであるから、トスの所有に属すると主張する。

被告人が河村洋治から新宿西口メガネの株式二万株を譲り受けたことは前記1(二)のとおりであるが、その後右株式が被告人から他に譲渡されたかどうかについては、譲渡があったと述べる被告人の公判供述以外にこれを裏付ける証拠がない。しかも、右二万株譲渡の経緯に関して、被告人は公判廷で、いったん泰共が所有したと述べる一方、泰共には譲渡されていないかのように述べるなど、供述自体が一貫していない上、譲渡がいかなる法形式によって行われたのかなど、当事者であれば当然に知り得る事柄について何ら具体的に述べておらず、その供述は、到底信用できない。それゆえ、右主張は採用できない。

(二) 弁護人は、前記1(三)の新宿西口メガネの三〇〇〇万円の増資の際の株式払込金がトスから出金されているから、長嶋外三名の従業員に帰属した一部の株式を除くその余の株式は、トスに帰属すべき株式であると主張し、その根拠として、右三〇〇〇万円は、昭和六一年五月三一日協和銀行赤坂支店に預けた被告人名義の自動継続定期預金(四〇〇〇万円)が、同年七月二一日解約されてトスの協和銀行赤坂支店の当座預金口座に入金された元利合計四〇〇一万三八〇五円の一部であり、同日トスの右預金口座から三〇〇〇万円が出金された上、トス振出しの小切手により株式払込金として新宿西口メガネ名義の同支店の別段預金に入金され、同月三〇日同社の普通預金口座へ振替入金されていることを挙げる。

確かに、関係各証拠によれば、弁護人の主張する出入金の事実が認められる。しかしながら、三〇〇〇万円の株式払込金の原資となったのは、被告人名義の定期預金であるところ、振替伝票写(甲37)及びトスの総勘定元帳によれば、トスにおいて、右定期預金は、被告人からの貸付金に計上されていることが認められるから、右株式払込金は、被告人の計算において支出されたと推認することができる。弁護人は、右定期預金が実質的にトスに帰属する協力預金であると主張するが、トスの昭和六二年一月期の法人税確定申告書控写(弁書32)を見ても、右定期預金はトスの資産として計上されていないのであって、後記のとおり、トスが実質的にその所有に属すると認められる被告人名義の銀行預金を公表経理していることと対比しても、右定期預金を同社の資産とみることはできない。

さらに、関係各証拠によれば、トスの経理処理上、昭和六一年七月二一日の三〇〇〇万円の株式払込金は、被告人への仮払金として計上された上、トスの当該事業年度の期末である昭和六二年一月三一日に、右仮払金は、被告人に対する貸付金に振り替えられていることが認められる。弁護人は、昭和六一年七月二一日付け振替伝票(甲41)が国税局による押収中に何者かにより改ざんされたものであると主張するが、右の写しに矢印を引いて「61.7.21」「松本」という書込みはされているものの、原本が改ざんされた形跡は窺えず、また、そのような改ざんがなされたとは到底考え難いところである。そして、右三〇〇〇万円をトスから被告人への貸付金として処理することは、被告人が長嶋外三名分とその余の分の新株払込金を含めて、トスから借り受けた上で払い込んだということになり、後記の長嶋の供述等ともよく符合するということができる。仮に、弁護人が主張するように、右振替伝票の三〇〇〇万円の仮払金が株式払込金とは無関係であって、昭和六一年七月二一日前記当座預金口座から出金されたもう一口の三〇〇〇万円が株式払込金に充てられたとしても、これがトスの計算において支出されたものであれば、トスの帳簿上株式払込金等の資産として計上されるべきであるのに、そうした会計処理がされた形跡はない。

この点について、弁護人は、当時新宿西口メガネが整理中であったため、トス名義で新宿西口メガネの株式を取得することが管理人から固く禁じられていたから、トスの経理書類に株式払込金と明記した会計処理ができなかったと主張する。しかし、新宿西口メガネの株式についてトスへの名義書換えができるかどうかと、トスが実質的に払い込んだ株式払込金をトスの帳簿上どのように処理するかは別問題であって、他人の名義であっても実質的にトスが所有する株式であれば、右株式払込金ないしこれによって発行された株式をトスの資産として計上すべきであり、トスの資産として公表経理することは何ら妨げられないというべきである。したがって、弁護人の右主張は採用できない。

また、その後のトスの経理処理をみても、右増資分の株式がトスに帰属したと認めることはできない。すなわち、弁護人が右株式払込金の支払いによりトスが取得したと主張する新宿西口メガネの株式について、被告人は、第八回公判においてトスの税務申告で公表した貸借対照表に右株式は載せていないといったん供述しながら、その次の第九回公判においてこれを翻し、昭和六二年一月期には差入保証金三八二二万八〇〇〇円の中に、昭和六三年一月期には特許権一億九五五一万七七二五円の中に、平成元年一月期には有価証券一億五八〇〇万三〇〇〇円の中にそれぞれ計上したと供述するに至った。しかし、平成元年一月期の有価証券はともかく(もっとも、この中に新宿西口メガネの株式が含まれているという証拠はなく、さくらやとの株式譲渡契約が有効であるとすると、トスはこの時点ではもはや新宿西口メガネの株式を保有していないことになる)、特許権(昭和六三年一月期)や差入保証金(昭和六二年一月期)の科目に右株式を計上するというのは、証人城義紀の証言を待つまでもなく、会計処理として明らかに不合理である上、年度によって計上する科目を転々と変えるのは、継続性を重んずる会計処理の原則からしても異常であって、到底容認できるものではない。被告人の第九回公判における供述は、その供述経過の不自然さからしても、到底信用できるものではない(なお、被告人は、第一一回公判では、「裏付けがないので、考えられるとしたらそれしかない」と供述している)。したがって、トスは、前記の株式払込金三〇〇〇万円に対応する新宿西口メガネの株式を税務申告の決算書類上資産として計上したことはないと認められるから、後記のとおり実質的にトスの所有に属すると認められる被告人名義の銀行預金を公表経理していることと対比しても、右株式を同社の資産とみることはできない。

以上のとおり、弁護人の主張は、増資の株式払込金三〇〇〇万円がトスにより払い込まれたから、その際発行された新株は実質的にトスの所有に属するというものであるが、この論法によれば、発行された新株の全てがトスの所有に属することになるはずである。しかるに、他方で、弁護人は、長嶋外三名の従業員に割り当てられた新株について、それが同人らの所有に属することを認めているのであり、右主張にはそもそも論理の破綻があるといわざるをえない(弁護人は、トスが増資の株式払込金三〇〇〇万円を払い込んだことにより、新株六万株の株主となり、その後、その三〇パーセントに当たる株式が長嶋外三名の従業員に譲渡されたと主張するもののようであるが、前記1(三)のとおり、右四名が旧株の三〇パーセントについて被告人から譲渡を受けた上、右四名を含めた株主に対して新株の割当てが行われたと認められるから、弁護人の右主張は、前提において失当である)。したがって、株式払込金がトスから払い込まれているからといって、これにより発行された株式がトスに帰属することにはならないのである。そして、長嶋の検察官調書によっても、増資によって発行された新株がトスに帰属するとか、長嶋外三名の従業員がトスから株式を譲り受けたと認識し得るような事情は一切存しなかったと認められ、関係各証拠によれば、長嶋外三名分の新株払込金については、被告人が立て替えて支払い、同人らの給与や賞与が増額された上、その給与や賞与の中から右立替金の返済が行われたことが認められる。このように、株式払込金がトス振出しの小切手によって払い込まれたという事実を過大視して、これにより株式の帰属を決しようとするのは相当でない。

弁護人は、もし被告人が自己の計算において六万株を取得したのであれば、被告人名義の四〇〇〇万円の自動継続定期預金を解約してトスの預金口座に入金する必要はなく、それを直接株式払込金として支払えばよいはずであると主張する。しかしながら、弁護人は、他方において、被告人名義の右定期預金口座は実質的にはトスの預金口座であると主張しているのであり、それが被告人の預金口座であることを前提にした主張は、それ自体論旨が一貫しないというべきである。その点はさておくとしても、被告人も自認するように、当時トスの資金繰りは良くなかったことからすると、トスに対して資金調達をしなければならない事情が認められるから、被告人とトスとの間の出入金の事実は、トスに何らかの資金需要があったためと考えることができる。

弁護人は、新宿西口メガネの株券がトスの金庫に保管されていたことを根拠に、それが実質的にトスの所有に属するとも主張する。しかし、トスの従業員であった松野健二の検察官調書にあるように、トスの実態は被告人の個人会社であったのであるから、トスと被告人の財産が混交し、被告人がトスの営業資金として自らの個人資産を注ぎ込んだり、被告人の所有に属する財産がトスの事務所で保管されるということも稀れではなかったと認められる(こうした状況は、証人城義紀や証人田端稔の証言からも窺える)。したがって、新宿西口メガネの株券がトスの金庫に保管されていたからといって、それが実質的にトスの所有に属することにはならないというべきである。

(三) 弁護人は、昭和六一年一一月二五日の長嶋外三名の新宿西口メガネの従業員からの同社の株式の一部(合計一万二〇〇〇株)の買戻しについて、その資金がトスから出ているから、右株式もトスの所有であると主張する。弁護人は、その根拠として、同日協和銀行赤坂支店のトスの預金口座から六〇〇万円(五〇〇円×一万二〇〇〇株)が払い戻されていることを挙げ、これが従業員からの株買戻資金に使われたと主張する。

なるほど、トスの右預金口座から同日六〇〇万円が払い戻されていることは証拠上明らかであるが、関係各証拠によれば、同日右預金口座から他に二三五万円が払い戻されるとともに、右合計額の八三五万円について、被告人への貸付金として六〇五万円が、他の用途として二三〇万円がそれぞれ振り替えられていることが認められる。このことから、買戻資金の六〇〇万円は、トスの被告人に対する貸付金六〇五万円の中から支払われたと推認できるのであって、右買戻しは被告人の計算において行われたとみるのが相当である。また、右買戻しに際して作成された株式売渡書においては、買取人がいずれも被告人個人と表示されており、被告人が右買戻資金の融資を受けるために協和銀行赤坂支店に融資の申込みをした時のメモ(乙2末尾添付の資料8)には、長嶋外三名の従業員の持ち株について、「松本孝司買取」という記載があり、買戻し契約がこれら従業員と被告人との間で結ばれたことを裏付けている。加えて、長嶋や齋藤、金原の各検察官調書によれば、これら三名の従業員は、その所有する株式を譲渡した相手方が被告人であると認識しており、これがトスであると認識し得るような事情はなかったと認められる。さらに、この株式買戻しの経緯について、証人石嵜信憲の証言によれば、被告人は、もともと新宿西口メガネの株式は自分の株式であったので、従業員に渡すことは本意ではなかったが、管理人の田邨弁護士の説得などもあって、一応これに従った形式はとるが、半分は取り戻したいという意向であったことが認められ、この意向に沿って、前記の買戻しが行われたとみることができる。そうすると、被告人は、買い戻された株式を含めて、新宿西口メガネの全株式が本来自己に帰属すると認識していたことが窺える。したがって、買い戻された株式一万二〇〇〇株は、トスではなく被告人に帰属するというべきであり、弁護人の右主張は採用できない。

弁護人は、右買戻しの後、前記2(四)のとおり新宿西口メガネの株式の名義書換えが行われた理由について、新宿西口メガネの整理の終結後いつでも実質上トスの所有する株式をトスの名義に書き換えることは可能であったが、当時トスが資金繰りに窺していたため、トスの債権者からの差押えを避けるため、株式の名義を書き換えたと主張する。しかし、当時の株式の名義は、前記2(三)のとおり分散されていたのであるから、差押え回避のためであれば、あえて名義を書き換える必要はなく、被告人が長嶋ら三名の従業員名義の株式以外の株式について当時の内妻と長女の名義に書き換えたということ自体、これらの株式が実質的に被告人に属していたことを裏付けているというべきである。

(四) 弁護人は、本件株式売却代金が全額被告人個人名義の三つの預金口座に入金されている点について、右各預金は名義こそ被告人となっているが、実質はトスの預金であるから、本件株式譲渡益がトスに帰属すると主張し、さらに被告人名義であっても実質的にはトスの預金であるといえる根拠として、トスの法人税確定申告書添付の内訳書において、被告人名義の預金がトスに帰属する預金として掲載されていることを挙げる。

確かに、トスの法人税確定申告書及び同控写(弁書21、22、23、32、33)によれば、被告人名義の預金でありながらトスの預金として、太陽神戸銀行、埼玉銀行(以上は昭和六二年一月期分内訳書。但し、個人名義と記載されているだけ)、太陽神戸銀行新宿新都心支店(昭和六三年一月期分内訳書。但し、個人名義と記載されているだけ)、三和銀行新宿新都心支店、太陽神戸銀行新宿新都心支店(以上は平成元年一月期分内訳書)、協和銀行赤坂支店、兵庫銀行新宿支店(以上は平成二年一月期分内訳書)、兵庫銀行新宿支店(以上は平成三年一月期分内訳書)の各定期預金が掲載されている。税務署に提出すべき申告書添付の決算書に、右各預金がトスの預金として公表されていることからすれば、これらを実質的にトスに帰属する預金と確定することに格別問題はない。

ところが、本件株式売却代金が入金された被告人名義の預金口座は、三和銀行新宿新都心支店、協和銀行赤坂支店、三菱銀行新宿南口支店のいずれも普通預金口座であり、既に挙げた実質的にトスに帰属すると認められる預金のいずれにも該当しない。そうしてみると、名義が被告人となっている銀行預金が全て実質的にトスに帰属するという弁護人の主張は、到底採用できないのであって、被告人名義の預金には、実質的にトスに帰属するものと、名実ともに被告人に帰属するものとがあるとみることができる。そして、本件株式売却代金が入金された預金口座は、トスの決算書に掲載されていないことからしても、名実ともに被告人に帰属する預金口座であると認めるのが相当である。したがって、その預金口座に入金された売却代金も、被告人に帰属するというべきである。

弁護人は、本件株式売却代金が入金された普通預金口座の通帳や印鑑がトスの金庫で保管されていたことを挙げて、右預金が実質的にトスの所有に属するとも主張する。しかし、前記3(二)において新宿西口メガネの株券について判断したのと同様の理由で、右主張にも理由がないというべきである。

また、被告人名義の普通預金口座に入金された本件株式売却代金の使途状況をみると、その多くはトスの預金口座に入金されあるいはトスの借入金の返済に充てられるなど、トスの資金繰りのために費消されており、本件株式譲渡の受益者は実質的にトスであるようにもみえる。しかし、トスへの右代金の入金は、被告人からの長期借入金あるいは短期借入金として経理処理されており、このことは、本件株式譲渡がやはり被告人の収支計算の下に行われたことを推認させるに十分な事実である。

弁護人は、右売却代金のうち五億五二六一万二五〇〇円が協和銀行赤坂支店の被告人名義のユーロ借入金(インパクトローン)の返済に充てられている点について、右借入金は、形式上は被告人名義となっているが、実質上はトスが借りた金であり、あえてそういう形をとったのは、トスの融資枠がいっぱいであり、トスの名義では融資が受けられなかったためであると主張する。しかしながら、トスの融資枠がいっぱいであったというのは、トスの資産にもはや担保余力がなかったことを意味するから、弁護人の主張によれば、融資を受けられないはずのトスが融資を受けられたことになり、明らかに矛盾している(被告人自身、公判廷において右融資が被告人個人に対するものであることを認めている上、右支店の決裁指令書(甲36)添付の貸出稟議書によれば、銀行側は明らかに被告人個人の信用等を調査した上、被告人個人を相手方として融資を実行していることが認められる)。したがって、右借入金返済が被告人の計算において行われていることは明らかであり、右主張も理由がない。

弁護人は、トスのような倒産寸前の会社に被告人が個人の資金を注ぎ込むはずがないとも主張するが、前記認定のとおり、トスが被告人の個人会社であるからこそ、その倒産を避けるために被告人が個人の資金を注ぎ込むことは十分あり得ること、というよりはむしろ当然の行動であったというべきである。したがって、弁護人の主張は理由がなく、採用できない。

(五) 弁護人は、前記2(九)の和解金八三〇〇万円のうち合計六四〇〇万円が協和銀行赤坂支店等のトス名義の各当座預金口座に入金されていることから、被告人が右和解金を被告人個人の金ではなくトスの金と考えていたこと、ひいては本件株式をトスの所有であると考えていたことが裏付けられると主張する。しかし、右和解の和解調書(弁書46添付のもの)によれば、右和解には利害関係人としてトスが加わっているにもかかわらず、さくらやからの七〇〇〇万円及び利害関係人である長嶋ら三名の従業員からの一三〇〇万円が、いずれもトスではなく被告人に支払われていること、右和解においては利害関係人である新宿西口メガネから被告人に退職慰労金として二五二二万四〇〇〇円(税引後のもの)が支払われていることが認められ、これによれば、右和解においては、被告人個人が当事者として参加し、被告人個人に帰属すべきものとして和解金が支払われていることが明らかである。また、トスの総勘定元帳(弁書45添付のもの)によれば、合計六四〇〇万の右入金は、いずれも被告人からの長期借入金として処理されていることが認められ、このことからも、右和解金は被告人に帰属すると推認できる。したがって、被告人が右和解金をトスの銀行口座へ入金するよう指示したとしても、それは、トスに何らかの資金需要があって行ったにすぎず、右和解金の帰属主体を左右するものではないし、まして、このことから直ちに本件株式がトスの所有に属するということにはならない。それゆえ、右主張は、論理に飛躍があり、採用できない。

(六) 以上の検討によっても、本件株式が実質的にみても被告人の所有であり、その譲渡益が被告人に帰属することに合理的疑いを差し挟む余地はない。被告人自身、捜査段階では本件株式が自己に帰属し、その譲渡益も自己の所得であることを認めていたものであるが、弁護人は、被告人の捜査段階での供述調書の信用性は認められないと主張する。

しかしながら、被告人の捜査段階における供述内容は、客観的証拠から認められる事実あるいは関係人の供述内容ともよく符合し、不自然不合理な点は認められず、十分に信用することができる。

これに対して、被告人は、公判廷において、国税局による調査の段階から本件株式は実質的にはトスの所有である旨の主張をしており、検察官による取調べの際にも同様であったと述べる。しかし、被告人の検察官調書からは被告人がそのような供述をした形跡は一切窺えず、むしろ、被告人は、検察官による取調べの当初の段階では、被告人以外の名義になっている株式は、実質的にもこれら名義人の株式であって自分の株式ではない旨の弁解をしていたが、その後、捜査が進展した段階で右主張が嘘であると述べていた事実が認められる(被告人は、公判廷において、検察官の取調べに対して、当初、調書への署名を拒否していたが、勾留満期の前日になって、検察官から「調書に署名しないで無罪を争うと、保釈もできないから、五年も六年も勾留されることになり、家族が崩壊し会社も駄目になるので、実刑よりはるかにひどくなる。調書に署名して頭を下げれば、運が良ければ執行猶予も付くだろう」などと言われたので、それまで署名を拒否してきた調書五、六通に全て署名したと供述する。しかし、被告人は捜査段階から弁護人を選任し、接見の際に一定の助言を受けていたのであるから、弁護人が接見に来なかった間に、検察官に右のように言われたというだけの理由で、それまで署名を拒否していた意に沿わない調書に一挙に署名してしまったというのは、不合理かつ不可解な行動であって、にわかに信用できない)。また、国税査察官作成の各調査書によれば、被告人は、国税局による調査の段階においても、本件株式譲渡益が自己に帰属することを認めていたと窺うことができる。それゆえ、右調査の段階から所得の帰属を争っていたとする被告人の公判廷での供述はおよそ信用できず、その余の公判供述も、例えば、第一回公判において公訴事実を認めながら、第五回公判に至って否認に転じ、本件株式譲渡益の帰属を争い始めるなど、不自然かつ不合理な点が多く、到底信用できない。

三  年度帰属の認識について

これまでの検討からも明らかなように、本件株式譲渡益が昭和六三年分の被告人の所得に帰属することは、優に認めることができる。被告人は、捜査段階において本件株式譲渡益が右年分に帰属することを認めており、その供述が信用できるものであることは既に検討したところである。

これに対して弁護人は、さくらやとの株式譲渡に関しては契約締結後長嶋外二名の従業員がその所有する株式をさくらやに譲渡することに難色を示したため、交渉が暗礁に乗り上げていたが、他方でヨドバシカメラとの間では本件株式譲渡の話が進展していたことから、さくらやと契約はいずれ解約されるものと被告人は考えており、その譲渡益が本件年度に帰属するとは認識していなかった旨主張する(被告人は、同様の主張を捜査段階においてもしていた)。

しかしながら、被告人は、公判廷において、本件株式譲渡益についてはトスの所得(昭和六三年二月一日から平成元年一月三一日までの事業年度分)として納税しているとも供述しているところ、トスが被告人の個人会社であったことからすれば、右供述は、被告人が当時本件株式譲渡益が昭和六三年分に帰属するという認識をもっていたことを自認したものとみることができる。したがって、被告人らの主張はそれ自体矛盾しており、年度帰属の認識がなかった旨の被告人の供述の信用性を大いに疑わせるものである。

また、さくらや及び三菱銀行関係者の供述によれば、本件所得の申告期である平成元年三月の時点で、さくらやが本件株式を手放す客観的可能性は殆どなかったと認められる上、ヨドバシカメラ関係者の供述によっても、同社との話合いが具体的に進展していた事情は窺えない。しかも、被告人は、本件株式売却代金の殆ど全てをさくらやから受領後まもなくトスの借入金返済等に費消してしまっており、被告人自身本件譲渡契約が解約されることを予想していたとは到底認め難い。したがって、さくらやの側は譲渡先がヨドバシカメラでなければ本件株式を返してもよいと言い、ヨドバシカメラとは被告人のさくらやに対するペナルティーを上乗せした代金を支払うことで了解ができていたという被告人の供述は、余りにも虫が良すぎるというべきであり、弁護人の主張は採用できない。

結局、被告人及び弁護人の各主張はいずれも採用できない。

(法令の適用)

罰条 判示所為について所得税法二三八条一項(ただし、罰金刑の寡額につき、刑法六条、一〇条、平成三年法律第三一号による改正前の罰金等臨時措置法二条一項)、所得税法二三八条二項(情状による)

刑種の選択 懲役刑と罰金刑を併科

未決勾留日数の算入 刑法二一条

労役場留置 刑法一八条

訴訟費用の負担 刑事訴訟法一八一条一項本文

(量刑の理由)

本件は、被告人が、有価証券売買を他人名義で行うなどの方法により自己の所得を秘匿した上、昭和六三年分の所得税額につき四七五万円余の還付を受けることとなる旨の虚偽の確定申告書を提出し、合計五億七〇〇〇万円余の所得税を免れたという事案である。その脱税額は相当高額である上、被告人は還付まで受けており、ほ税率は極めて高い。犯行態様は、他人名義を使って株を分散した上、各名義人の株数を課税対象にならないように画策するなど、計画的かつ巧妙なものであり悪質である。犯行動機は、被告人が経営する会社の事業資金あるいは返済資金さらには被告人個人の借入金返済資金を得るためであり、利己的であって酌量の余地に乏しい。被告人は、本件発覚後、関係者に対して口裏を合わせるよう依頼するなどの罪証隠滅工作を行っており、犯行後の情状も相当悪質である。被告人は、捜査段階では、当初犯行を否認したものの、途中から自白し、第一回公判の意見陳述でも公訴事実を認めていながら、公判途中に至り再び否認に転じた上、捜査段階では主張していなかった新たな主張もし、その後の被告人質問でも不自然不合理な供述に終始しており、こうした被告人の行動からは、事件に対する改悛の情を認めることはできない。また、被告人は、本件について修正申告はしたものの、これまでのところ一切納税していない。したがって、被告人の刑事責任は重いといわざるをえない。

以上の事情のほか、被告人がほ脱して留保した所得を個人的用途には殆ど費消していないこと、被告人の経営していたトスが倒産状態に至ったこと、その他諸般の事情を考慮し、主文の刑が相当であると思料した次第である。

(検察官 長島裕、弁護人 伊藤卓藏、川平悟 各出席)

(求刑 懲役二年六月及び罰金二億円)

(裁判長裁判官 朝山芳史 裁判官 堀内満 裁判官 野口桂子)

別紙

所得金額総括表

自 昭和63年1月1日

至 昭和63年12月31日

松本孝司

〈省略〉

修正損益計算書

自 昭和63年1月1日

至 昭和63年12月31日

松本孝司

〈省略〉

別紙

ほ脱税額計算書

昭和63年分 松本孝司

〈省略〉

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